この間、ずいぶん久しぶりの飼い主さんが来て、
ノミの予防の相談をされました。
ノミの予防の相談をされました。
フォルダには二頭分のカルテがはさんでありましたので、
「じゃ、二頭分ですか。」
と聞いたところ、
「いや、一頭分でいいよ。
一頭は保健所にやったんでね。」
一頭は保健所にやったんでね。」
とのことでした。
普通の会話の流れのように言われたので、
一瞬頭がフリーズしかけたのですが、
一瞬頭がフリーズしかけたのですが、
「え、保健所ですか・・。
どうしてまた・・?」
どうしてまた・・?」
と訊ねたところ、
「ぼけてきたのか、ワンワン鳴くようになって来たんで、
近所迷惑になるし、保健所に連れて行った。」
近所迷惑になるし、保健所に連れて行った。」
ということでした。
あまりに突然のことだったので、
「え、そうなんですか・・。」
と絶句してしまいました。
飼い主さんは一頭分だけフロントラインプラスを買うと、
そのまま帰って行ったのですが、
飼い主さんが帰った後、釈然としないと言うか、
もやもやした気分になってしまいました。
そのまま帰って行ったのですが、
飼い主さんが帰った後、釈然としないと言うか、
もやもやした気分になってしまいました。
僕が話を聞いたときはもう処分されたあとで、
もうけっこう時間がたっていたようです。
もうけっこう時間がたっていたようです。
ぼけたからと保健所に連れて行かれた犬の事を考えるとそれだけで不憫ですし、
もう一頭の残された犬も、突然パートナーを失ってしまったわけで、
寂しい思いをしているだろうなと考えると、それもまた不憫です。
もう一頭の残された犬も、突然パートナーを失ってしまったわけで、
寂しい思いをしているだろうなと考えると、それもまた不憫です。
せめて、ぼけてなき始めたあたりで相談をしてもらっていれば、
痴呆の薬を試してみるとか、どうしてものときは鎮静剤を用いてみるとか
(おいそれとは渡せませんが)、
何かそこに至るまでに試してみる方法もあったというものですが、
「もう連れて行きました」
と言われると、どう答えて良かったのやら、というところです。
痴呆の薬を試してみるとか、どうしてものときは鎮静剤を用いてみるとか
(おいそれとは渡せませんが)、
何かそこに至るまでに試してみる方法もあったというものですが、
「もう連れて行きました」
と言われると、どう答えて良かったのやら、というところです。
家の事情も知らずに処分した事を怒るというのも考えものですが、
かと言って、
「痴呆している犬を保健所に連れて行くなら、うちが引き取る!」
というのも無理です。
かと言って、
「痴呆している犬を保健所に連れて行くなら、うちが引き取る!」
というのも無理です。
結局、
「一度飼い始めたら最後まで看取ってあげて欲しい」
という答えしかないような気もします。
「一度飼い始めたら最後まで看取ってあげて欲しい」
という答えしかないような気もします。
もしかしたら、飼えなくなった犬をどこかに捨てて来る、というよりはまだ、
“保健所に連れて行く”という行動で、
最後まで責任を取ったと言えるのかもしれませんが、
それでも、見切れなくなったらそれで保健所へ、
というのは、どうにも寂しく、胸の痛くなる様な思いがします。
“保健所に連れて行く”という行動で、
最後まで責任を取ったと言えるのかもしれませんが、
それでも、見切れなくなったらそれで保健所へ、
というのは、どうにも寂しく、胸の痛くなる様な思いがします。
僕の町には、飼いきれなくなった動物の次の飼い主を捜すための「里親の会」もあるのですが、
実際問題、年老いて、痴呆になって来て終日吠えている犬と言うのは、
新しい飼い主も見つかりにくいとは思います。
実際問題、年老いて、痴呆になって来て終日吠えている犬と言うのは、
新しい飼い主も見つかりにくいとは思います。
そう考えると、堂々巡りをしても、
「痴呆が出て来たとしても、それだけ一緒に過ごして来た家族なんだから、
最後まで看取ってあげてください。」
としか言えないと思います。
「痴呆が出て来たとしても、それだけ一緒に過ごして来た家族なんだから、
最後まで看取ってあげてください。」
としか言えないと思います。
獣医師と言うのは、数多くの動物の最期を看取らなければいけない職業ではありますが、
飼い主さんから「保健所にやった」と言われると、
何とも切なく、やるせない気分になってしまいます。
飼い主さんから「保健所にやった」と言われると、
何とも切なく、やるせない気分になってしまいます。
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